電源を入れる。
SP-404SXのループが回りだす。
ポケットにはα7C、肩にはG9PRO。
エンさんの制作は、特別な儀式ではなく“すぐ始められる”身支度から動き出す。
撮って、録って、Discordに断片を置き、必要なだけ引き算する。
それが写真と音をひとつに結ぶエンさんの“入口”だ。

ー名前
エン/enzui/
ー職業・肩書
写真家、趣味音楽家、アクティブなオタク
ー活動ジャンル
写真、イラスト、音楽
ー拠点・活動エリア
東京(城北地区)
ー活動歴
写真、音楽共に20年程
ーどんなきっかけで始めたか
写真は美術学校時代に出会ったトイカメラ
音楽はゲーム制作ツールの作曲セクションでハマってしまった所から
ー代表的な活動/印象的な出来事
過去に数回、WEB掲載用のカメラマンを経験。
写真展は公募展に多数出展。個展は2016年に大阪、2023~2024年に東京で開催。
音楽は自主レーベル及びポルトガルのMiMi Recordsよりリリース。
ある講師の「人の居ない東京をこれだけ集約して撮影出来るのは才能。続けたほうが良い。」
という言葉がスタイル継続のきっかけであり礎。
ーSNS・Web・関連リンク
・Official
https://www.enzui.net/
・Instagram
https://www.instagram.com/macbeth1589/
・Bandcamp
https://enzui.bandcamp.com/
ー本・音楽・映画・人・言葉など、あなたに影響を与えたもの
「どろろ」手塚治虫
「π」ダーレン・アロノフスキー
「…I Care Because You Do」エイフェックス・ツイン
90年代の少年漫画、ゲームなどのカルチャー
——まずは、活動名の読み方や表記について教えていただけますか。由来のお話も聞けたら嬉しいです。
エン 「エン」と申します。元々はenzuiという名前で活動していまして。
そちらは今も音楽などの名義として残しています。
私の血筋のルーツは岩手なのですが、あちらの方言で「えんずい」や「いずい」というものがあり
これをそのまま活動名義にしています。何かもどかしい、はっきりしない、といったニュアンスです。
最近の手応え──「Sbirciare」

最新の反響点をたどると、過去の実験が現在に接続されていることが見えてくる。
——直近で手応えを感じた一作があれば、作品名とその理由を聞かせてください。
エン 今年の企画展に出した写真「Sbirciare」です。イタリア語で“覗き見”という意味。自分の道のりの中でも実験色が強かったのに、反響が大きかったんです。
——その作品が生まれた背景を、思い出の範囲で大丈夫なので、場所や時期も含めて教えてください。
エン 撮影はもう10年くらい前で、自室です。Exifが残らないカメラだったので正確な日時は不明。VQ1015というマッチ箱サイズの低画素トイカメラに、粘着式の魚眼レンズを付けて、アニメのフィギュアを撮りました。ピントも甘くて滲み、不気味さが出たんですが、そのビジュアルがタイトルとハマりました。
はじめの30分
着想後の最初の動きが、その日のリズムを決める。エンの手は“準備しすぎない準備”から動き出す。
——着想してから最初の30分、どんなふうに手を動かし始めることが多いでしょう。
エン 写真は難しく考えず、日常の流れの中でシャッターを切ります。音はサンプラーの電源を入れるか、DAWを立ち上げるところから。曲はループ主体なので、印象的なループを思い浮かべたり打ち込んだりして、それを流しっぱなしにしながら、肉付けするか削るかを決めます。
——準備段階で大切にしていることがあれば、教えてください。
エン いまは完全に自主制作で、自分のサイトで出すのが中心。形式張るのが苦手なので、力まずにやることを心がけています。少しでもストレスにならない環境下である事がプライベートでも仕事でも自分らしさを発揮出来ていると自認しています。
道具と持ち出し方
「今日はこれでいく」と決める小さな儀式が、視点と耳を整える。
——いつも頼りにしている道具について、型番や使いどころも含めて紹介してもらえますか。
エン カメラ自体が好きで防湿庫が複数台構えているくらいなのですが、カメラは SONY α7C と LUMIX G9 PRO を使うことが増えました。一眼レフはあまり使わなくなってしまいましたね。α7Cは現行から古いレンズまで持ち味を活かしたいときに。G9 PROは軽くて焦点距離の守備範囲が広いので、状況に合わせて組み合わせます。出る前に「今日はこれでいこう」と決めてバッグに入れます。音は自作PCの DAW がメインで、サンプラー Roland SP-404SX がコア。リサンプリングを繰り返した時の質感が好きだったり、マスターもこれを通して仕上げる事が多いです。ライブをする際にも大活躍しています。
アイデアの保管庫
断片を逃さない仕組みが、後日の判断を助ける。
——アイデアやラフの残し方は、どんなスタイルでしょう。
エン Discord を自分用の倉庫にしています。自分用にサーバーを作ってチャンネルを分け、覚え書きをカテゴリ別にストック。スマホでもPCでもアクセスできます。ルーティン、心理学、音楽・漫画・アニメなど“刺さったインプット”を全部ここに集約。昔のIRCみたいに扱えるところも気に入っています。
ペースと配分
速く作る/時間をかけて選ぶ。領域ごとに“かけどころ”が違う。
——作品づくりのペースや時間配分について、音と写真それぞれの最近の実感を聞かせてください。
エン 音は荒削りを1日で仕上げることが多いです。翌日に持ち越すのが苦手で、まずゴールまで持っていき、その後に修正・加筆。ハード一発録りが性に合っているのかもしれません。写真はなるべく常に携行して日常的に撮る。現像はRAWで、私的プリセットがあるので1枚十数分。時間がかかるのはセレクトで、L判プリントを何度も並べ替え、数週間〜それ以上かけて詰めます。
——現場で「もうOK」と感じるタイミングは、どんな感覚に近いですか。
エン 「撮れ高」はあまり意識せず、時間が許す限り撮る・録る。あとから選べるだけの密度を確保するスタンスです。
編集と最終確認
“引き算”で芯を残す。チェックは実使用に近い環境で。
——編集で必ず通る“定番の手当て”があれば、具体的に教えてください。
エン 写真は以前“ギラつき”気味と言われた時期があって(笑)。今は助言を取り入れて彩度を落とし、引き算へ。ローファイやアナログライクにこだわり、かすみやフィルムグレインを足すこともあります。音はマスタリングが得意ではないので、やりすぎない。耳障りな帯域をEQで少し削るくらいです。
——仕上げの確認は、どんな環境で行うのが安心でしょう。
エン 集合住宅なので基本はヘッドホン。最近はスマホのスピーカーでも崩れないか確認します。写真は広色域モニターを導入してから、ファイナルの精度が上がりました。
タイトルとボツの扱い
言葉は拾い集め、迷ったら早めに退く。データは残す。
——タイトルの付け方について、決まりごとや流れをもう少し聞かせてください。
エン Discordに蓄えた案から拾うことが多いです。加えて、AIに架空言語を組ませて造語を作り、タイトルに使うことも。あくまで補助として取り入れています。
——ボツにするかどうかの判断や、復活させるための工夫があれば教えてください。
エン 「行く」と決めたら突き進むタイプなので、初動でイマイチならすぐ切り上げます。没テイクは圧倒的に多い。でも消さずに保管。数年後に見返すと、違う見え方になることがあります。
価格設定と届け方
手に取りやすさと矜持の間で折り合いをつける。広報は無理のない導線で。
——価格やエディションの考え方について、差し支えない範囲で共有してもらえますか。
エン 個展のプリントは1枚1,500円くらい。安くしすぎない方がいいという教えも踏まえつつ、手に取りやすさも意識。音源は投げ銭が多いです。特別価格のときは、機材の数字(303/404など)に寄せることもあります。
——作品を届けるために、普段どんな動きをしていますか。
エン 人の多い場所に自分から入っていくのが得意ではないので、いまはSNS告知中心です。会話が苦手でも情報を流せる手段として相性がいいと感じています。
続けるための環境づくり
“決めすぎない”が続けるコツ。視界に道具があるだけで、火は点きやすくなる。
——続けるための日々の工夫、よかったら共有してください。
エン 決めすぎないこと。ルールで縛るとモチベが落ちるので、あえて変則もあり。目に入る位置に道具を置いておけば、気分転換のあと自然と火がつく。ついたらワーカホリック気味にやり切ります。
——最近の“やってしまった”から学んだことがあれば、一つ教えてください。
エン 録音後の意図しない歪みやクリップ、写真を持ち帰ったらブレていた…とか。説明書を読まずに体で覚える性格ですが、やはりトラブルシューティングは徹底しなきゃと痛感しました。
影響源と現在地
過去の一枚・一曲が、現在の判断の“基準音”になっている。
——影響源になっている作品や作家を、いくつか紹介してもらえますか。
エン 「アングルのヴァイオリン」マン・レイ
まず最初にこの作品を挙げたのは、初めて見に行った写真がマン・レイであった事。絵画のオマージュを写真という技法で表現している事や表題に込められた「趣味」や「下手の横好き」という意味合いは
何かを取得(サンプリング)して作品を成したり、少し力を抜いて物事に臨む姿勢を後押ししてくれます。
「無題」ズジスワフ・ベクシンスキー
彼の絵画にはどれもタイトルがありません。それでありながら、唯一無二の世界…深淵に飲み込まれそうになります。タイトルは絶対に必要というしがらみから未だに逃れられませんが、そういった論争すらも超越する説得力、無題であるからこそ考察をしたくなる作品群は目指すべき場所なのかもしれません。
「スラム・シャッフル」植松伸夫
ファイナルファンタジーシリーズの楽曲はどれも好きなのですが、その中でも飛び抜けて大好きなのがこの曲です。あのドロドロしたスラム街の情景が浮かぶこの曲は自分が常に作りたい音楽の礎であったり核であったりします。それくらい、影響を受けてます。
いま進めている実験
アナログの手触りをデジタルの秩序に重ねる。両者の“間”で新しい質感を探る。
——最近取り組んでいる実験について、具体例とともに教えてください。
エン デジタルとアナログの融合です。ミリペンやコピックで描いた絵にデジタルで色を重ねたり、写真はネガをデジカメでデュープして普段どおり現像したり。音は民族楽器や身近な物音を素材にして、クオンタイズしたビートと合わせる。肉体と機械を対話させるイメージです。
コラボレーションと次の扉
映像と言葉が加わると、時間の扱いが変わる。そこで見たい景色がある。
——コラボしたい分野と相手像。連絡方法や条件があれば教えてください
エン 映像を作る方とコラボレーションがしてみたいです。実際に映画から影響を受けた面も多いですし、それこそショートムービーのような作品を織りなすように。映像作品は一人で実現するより誰かと共同で作り上げてみたいですね。連絡先はオフィシャルにも明記していますが、「lasten2ui@gmail.com」宛もしくはDiscordのアカウント名「yensarn」を公開しています。
体のケアとリセット術
続けるために、離れる時間を用意する。短い“脱線”が集中力を戻してくれる。
——体のケアについて、日々意識していることがあれば教えてください。
エン 1日のどこかでガジェットから離れる時間を作ります。数日単位のデジタルデトックスはつらいので、数十分の小休止でも。ベッドでゴロゴロ、コーヒーの香り、目的のない散歩——そんな時間が効きます。
——調子が出ない日のリセット術を三つ、最後に共有してもらえますか。
エン まずインプット全振り。美術館、映画・アニメ、ゲーム、漫画。次に旅。撮ることを目的化せず、アクシデントや出会いも含めて五感で受け取る。最後はよく寝る。行き詰まったら「明日考えよう」。夢から着想が湧くこともあります。インスピレーションの源って何かを受容したり感動したりする所からだと思ってます。
読者への入口
まずは1枚のアルバムから世界に触れてみる。
——締めに、読者への入口として一作ご紹介ください。
エン 自レーベルからリリースした『都市夢幻』(2023) をぜひ。全曲ボーカルですが、自分のスタイルは崩していません。過去にリリースした中でも一番上手くまとまっていて、創作の周期が良い時期の一枚です。
https://enzui.bandcamp.com/album/–2

編集後記:
今回を終えて最初に残ったのは、“常に写す準備が出来ている”という言葉でした。エンさんは、特別な儀式よりも「いつでも始められる」身支度——α7C/G9 PROと、SP-404SX、そしてDiscordのメモ部屋——で制作を回している。機材の名前は出てくるけれど、機材を誇示する感じがなく、あくまで“日常の速度で撮る/録る”ための道具として淡々と置かれているのが印象的でした。
もうひとつは「えんずい(いずい)」というルーツの言葉。しっくり来ない違和感を切り捨てず、薄い滲みやピントの甘さを必要に応じて残す——芯を支えるのが、引き算の編集と、最後はスマホスピーカーでも確認する実用的なチェック。肩の力が抜けているのに、判断はブレない。ここがエンさんの強さだと感じました。
